2013年05月30日

「ぜんぶこころの持ち方しだい」



「くまのプーさん小さなしあわせに気づく言葉 / PHP研究所」


 人間ができて、1万年とも言われるが、
 人はどれだけ幸福になったのだろう?


 400年前と比べて、人はどれだけ幸せになっただろう?


「菜根譚(さいこんたん)」という書物がある。

 約400年前に書かれた中国の古典で、
 儒教道教仏教の思想をミックスして
 人間の「あり方」について書かれたものだ。


「菜根」とは、植物の葉っぱや根っこのことで、
「粗末な食事」を意味する。


「粗末な食事(苦しい状況)に耐えられれば、
 多くのことを成し遂げられる」


 というのが「菜根譚」の意味だ。


 だが京都などでは、「粗末な食事」の方が高かったりする。

 この飽食の時代においては、「粗末な食事」こそが、
 逆に、ありがたい食事になっているのは皮肉なものだ。

 

 その「菜根譚」の言葉を、くまのプーさんのイラストで、
 さらに英訳もつけて、コンテンポラリーにしたものが、この本。

「くまのプーさん 小さなしあわせに気づく言葉」


 読んで驚くのは、現代の自己啓発本の内容と
 ほとんど同じである、ということだ。


「迷ったときは、もうひとりの自分に聞いてみる」

「口と意識をコントロール」

「気づいたときが、そうするとき」

「いまのことだけを、見つめて」


 など、ランダムに開けたページの言葉を書いてみたが、
 成功本やスピリチュアル本のニュアンスまである。


 くまのプーさんのイラストで、一見、易しそうだが、
 内容は、とてつもなく深いことを言っている。

 PHP研究所、なかなかやる。

 
「ぜんぶこころの持ち方しだい」


 こころを満ち足りた状態にしておけば、
 世の中に、不満なことはなくなる



 人は何百年、何千年と、このことを言い続けて来たのだろう。

 それでも、この言葉は、いまだに人の課題になっている。

 人は、わかっているのだ。

 けれど、なかなかそれができない。


「わかっちゃいるけど、やめられない」


 植木等が悩んだけれど歌うことにしたというこの歌詞も、
 やっぱり、とてつもなく深い。










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2013年05月26日

「なにを信じ、なにを疑うか、選択する力が必要なのである」



現代語訳 学問のすすめ/ 福沢諭吉 著 檜谷昭彦 訳



女性の人気ナンバーワンの男性は、「福沢諭吉」であるらしい。


これは、まあ、ネット上のジョークだ。
ジョークであるが、真実の端っこぐらいは、ついているかもしれない。


ところで、福沢諭吉はなぜ1万円札に描かれているのか?


「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」


という平等思想を持った博愛主義者だからだと、私は思っていた。


その言葉で有名な「学問のすすめ」は、その後に、

「けれど世の中には、賢愚、身分、貧富の差が激しくある、なぜなのだろう」

というような文章が続いている、という話を聞いて興味がわいた。



「毎朝1分でリッチになる / 三宅裕之 著」では、お金持ちになる習慣の中で、

「福沢諭吉を調べてみる」という項目もある。



そういう意味もあって、この「学問のすすめ」を読んでみることにした。


いや面白い。この訳もいいのだろう。

この古典の名著を、現代の成功本として甦らせることに成功している。


とにかく、福沢諭吉の歯に物着せぬ言い方が、心地よい。



福沢諭吉は、金にならない勉強はやってもムダ だと、
徹底した実学主義だ。

さらに知識だけあって、それを活かすことができない人間は

「飯を食う辞書である」

とまで言い切る。


クールである。

この「クール」は、カッコイイ!という英語的な言い方だ。

福沢諭吉はアツいのだ。


やる気のない庶民から日和見体質の政治までぶった切っていく
諭吉の言葉は、切れ味のいい太刀のようだ。

そして、その一言一言から、日本をなんとかしなければ、
という熱い思いが伝わってくる。


「外国からわが国を守るには、
 全国民が自由・独立の気風を自覚し、
 全員が日本人としての責任を果たすほかはない」



一見、国粋主義的な発言にとられかねないが、
福沢諭吉はもっと大きな意味で、
勉強によって、稼ぎ、自信を持ち、意見を言う、
そんな個人個人の「自立」をうながす。

これは、今でも立派に通用する考え方だろう。


福沢諭吉が1万円札であるということに異論がある人も少なからずいるらしいが、
この「学問のすすめ」を読んで、私は納得した。


「なにを信じ、なにを疑うか、選択する力が必要なのである」


勉強することによって、つけるのは知識だけでなく、
「稼ぐ力」もつけることが大事だ。

「もっとたくさんの 'オレ' に会いにこい」

と、お札の中の諭吉は言っているような気がした。






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posted by さきあきら at 11:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月23日

「そうじには気づきの素がある」



「なぜ「そうじ」をすると人生が変わるのか? / 志賀内泰弘 著」


「掃除をするとお金になるのか?」

 日本初のそうじ小説「なぜそうじをすると人生がかわるのか?」
 の主人公、圭介が、掃除をしろと言う社長に返した言葉だ。


 「断捨離」「3日で運がよくなる『そうじ力』」で、
 掃除が大事というのは、理解できたと思う。


 しかし、掃除は直接お金に結びつくのだろうか?


 その問いに対して、この話の中の謎の老人はこう答える。

「(ゴミを)拾うと何かが自分の中で変わる。
 それは拾った人だけがわかる」



 老人の言葉に疑問を抱きつつも、
 圭介はゴミを拾い、掃除をすることに意義を感じ始める。


「そうじをすると細かいところに気づくようになる。
 その気づきは、日頃の仕事にも生かされる」


 という言葉通り、会社のお客への対応もよくなり、
 会社の売上アップにつながるようになる。


 そんな話だ。


 この他に、二つの話がのっているが、
 どれも、実際にあった話を元にしているらしい。



 私は、タダの仕事はないと、思っている。

 
 それが、人の役に立つことならば、
 めぐりめぐって、お金が入ってくるはずだ。


 ゴミ拾いも、そんなものかもしれない。


 それは「神様が見ている」ということかもしれないし、
「宇宙の法則」かもしれない。


 あるいは、この本にもあるように、

 どこかで誰かが見ていて、
 自分の評価があがる、


 ということかもしれない。


 ゴミを平気で捨てる人や、
 ズルいことをして得をしたと思っている人も、
 それは、やはり、顔に出てくるものだ。



「ゴミを捨てる者は、大切な何かを捨てている」
 
「ゴミを拾う者は、大切な何かを拾っている」




 それは、「信用」「気高さ」「やさしさ」・・など

 そんなものかもしれないし、

 捨てているのは、自分の「顔」そのものなのかもしれない。







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posted by さきあきら at 18:51| Comment(1) | TrackBack(0) | 幸福になるための本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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